■ MUKU-DATA  栃 3m材  未乾燥材 未加工


木裏になっていた木をリフトですくいリフトの爪を傾斜させて人力で木表側に起こす。
なんとかかんとか人力で起こすことができた。
(人力でできない時はロープで吊って反転させる)
重い。
でも最近また瞬発的に底力が出るようになったような気もする。
頼る人がいない、一人で何とかしなきゃって状況だと案外できるものだなと思う。
常に二人での作業だったら、力も出なかったかと思う。
子供の頃、小柄な曾ばあさんが、戦時中だったか近隣の火事だったかの時に
大きな仏壇を担いで逃げたと言っていたが・・
火事場の馬鹿力、やらなきゃいけない時は別な力が出るのかもしれない。

大きな一枚板は重い。。。
起して一息ついて、さあ、と面と向かって向きあうとこれまたその風貌に押されるような
威圧感がある。
大きさもそうだが、きっと樹齢なんだと思う。
自分の数倍も生きてきた木、
自分と同じ程度の60年弱であれば、あぁ・・同じ位生きてきたんだねぇと受け止められるが
150年、200年、は人の寿命を遥かに超える。
向き合っていると、大きなパワーに押されるような感覚になってくる。

その超越的な存在に対して神聖さを感じつつ自身の小ささが見えてきて
敬虔な気持ちに自然となっていく、ならざるを得ない。
神様に手をあわせる時、教会での礼拝、と似たような感覚。。

自分にとっては樹齢のいった大きな木に向き合う事は修行みたいなもので
木(=自然)に敬意を表し感謝を捧げる行為なのかもしれない。